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オガワの腹ん中。

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黒しーちゃん覚醒。

「私は、人の幸せを祝えないかもしれない」。

そんな自分を見つけたのを機に、最近どうも、
黒ーい気持ちになることが、ちょっと増えました。

レストランの店員さん。
電車の中で前に立ってる人。
「しーちゃんに会いたあい♪」って言うわりに、
具体案に移ろうとするとどうも反応が鈍る友人。

うーーーむ。

私は案外黒いんだなってことがわかった。
でね、もうひとつわかったのは、

黒いままでも、私は愛されたい。

っていうことです。

……誰に?

というわけで、作戦決行に移りました。
忙しくてなかなかそばにいられないその人に、

「ほんとはしてほしかったけど、してもらえなくて悲しかったこと」

を打ちあけてみたわけです。

結果。

……ケンカになった(^_^;)

「自分にはそこまでの愛情はないのかもしれない」と言われました。
「だから、期待されても、応えられないと思う」と。

ただ、この話をしなかったら、
きっと知ることのなかった景色をいっぱい見ました。
教えてもらえなかっただろう心中を聞かせてくれました。

そしたらね。

「してもらえなかったこと」を知らせるつもりだったのに、
「してもらってきたこと」が思い出されてならんのですよ。

あんなことしてもらった。
こんなことしてもらった。
ひー。ごめんよ不満ばっかぶーたれて。


「黒しーちゃん」。
呼び覚ますのは悪くない。悪くないけど、

すーーーーーごい疲れる!!

相手と言葉はちゃんと選びましょう。



by shibe0814 | 2016-08-27 13:05 | オガワの腹ん中
CTIジャパンの「プロセス・コース」を受けてきました。

私が勉強しているコーチングの、
4つの段階のうちの3つめです。

コーチも、クライアントも、
「今ここで湧き上がってる感情を深く味わいきる」のがその主旨なのだけれど、

まーーーくるしかった!!

ただ、その人のそばにいる。
その人が怒り始めても、泣き始めても、
絶望し始めても、そばにいる。

でも、一緒に波に飲まれちゃいけない。
共感して、一緒に揺れちゃいけない。
つきはなすことも、原因をつきとめることも、
好奇心を発動させていろいろ聴きたおすこともできない。

それは私にはとてもとても窮屈で、何だろう、
身に合わない拘束服を着せられてる感じでした。

でもね、みんながどんどん何かをつかんでいくのです。
「ともに寄り添う」ことの感覚を、みんながつかんでいく。
「どんな状況にあっても、クライアントと、ともにありたい」。
そんなことを言い始める。
リーダーもです。
「コーチは決して受動的ではなくて、
 クライアントに幸せになってほしいっていう、能動的な願いがあるんですよね」。

そんな声を遠く聞きながら、私は大変なことに気づいてしまったのです。


私は、誰かの幸せを、真に願うことができるだろうか。


私は、寄り添うことなら全然できるって思ってました。
生きづらさやしんどさを感じている誰かに、
そうだよね、くるしいよね、って背中に手を置く、
そんなの全然できるって思ってた。

なぜなら私も生きづらいから。

でもね、もし、その人が、私との交流を経て、
真に変化して、巣立ちの時を迎えたら、

私は素直に「おめでとー」って言えるだろうか。

むしろ、「私をおいていかないで」、って思ってしまうんじゃなかろうか。

もっと言うたら、私はその人の幸せを、妬んでしまうんじゃなかろうか。


……そこからはもう大変でした。
ずーーーーっと泣いてた。ひくついてました。
どうしよう、「大人の保健室」とか言うてる場合ではまるでないじゃないか。

涙もしゃっくりも止まらなくて、だいぶ長いこと授業を止めてしまった。
「何も説明しなくていいよ」「今その感情を味わい尽くして」
ってリーダーさんが言ってくれます。
でも、それでもなお私は、「沈黙を埋めなくちゃ」
「みんなに迷惑だから早く泣きやまなきゃ」って考えてしまう。

私は、自分とは合わない何かに出会うと、
「間違ってるのは私だ」「正すべきは私だ」って思ってしまう人です。

がんばってる時、「がんばらなくていいよ」って言われると、
「ああ大変だ、がんばっちゃいけないんだ!」ってなっちゃう人です。

自分を認めてあげて、許してあげて、ほめてあげて。
そんな言葉を頭上からざあざあ浴びせられても、
心の洗面器は空っぽのままです。だって底が抜けてるから。

いつからかはわからないけれど、
気がついたら私の洗面器は、ずいぶん前から底が抜けてたから。


私が目指すべきは、コーチングじゃないんじゃないかな。
授業中、そんなことも思いました。

「人の力になりたい」「笑顔が見たい」とかなんとか言って、
安易にコーチングを選んだ自分が恥ずかしくって死にそうでした。

ただ、打ち上げが終わって、いろんな人に言葉をもらった今言えることは。


人の幸せを心の底から祝えない人間の心なら、
私は身を持って知っている。
そしてそういう人が、ほんとは潜在的にたくさんいることも。

集え、ひねくれ者。
いつか愉快な宴会をしよう。


最後になりましたが、泣きどおしの私と「ともにいて」くれた皆さんありがとうございました。
ここから先は自分で考えるしかないけれど、
その「自分」は皆さんをはじめ、
今まで出会ったすべての人やものたちのかたまりなのだということを、
忘れたくないと思います。

さあ。また自分の人生を行こう。



by shibe0814 | 2016-08-22 11:19 | オガワの腹ん中

自分で決める卒業

暑いですね。
とろけてませんか。
私はとろけてます。

さて。
今日は、これから「卒業式」です。
卒業生は私。先生や来賓の皆さんはいません。

晴れて、ひとり卒業式です。

足もみ研修を終えたら務める予定だったお店を、
さっき、辞退してきました。

やばい、と思い始めたのはひと月、いやもっと前か。
ひと月半ぐらい前のことです。

習う施術が確実に、私の基礎体力を超えている。

「自分には向いてないのかな」「でもガマンしなきゃいけない」
「なぜなら私はがんばらないと生きていく資格がない人だから」。

えーーらいがんばりました。
汗っっだくになってね。
そして、ただただ、つらく悲しくなりました。
当然です。「自己否定」をすべての前提にしてるんですから。

「手に何の職もない私はこの道を頑張らないと後はない」
「自分の意志で決めた道なのだから最後までまっとうしなくちゃいけない」。

どんっどん猫背になります。
研修以外のことが、目に見えてできなくなっていきます。
具体的に言うと、古紙ゴミがたまります(笑)。
ごはん何たべよう、がすでに面倒です。
友だちと飲みに行くとか、映画やお芝居を観にでかけるなんて、もってのほかです。

おかしいな。
実家帰っておかーさん揉んであげたり、
友だち呼んで練習台になってもらったり、
そういうのはとっても楽しかったのに。

おかしいなーおかしいなーって思いながら研修を重ね、
だんだん基礎体力もついてきて、
ハードな施術もこなせるようになってきて、
やがて、ひととおり全部の施術を、できるようになりました。

「あとは、制限時間内にすべての施術を入れ込む練習と、
 お客様をお迎えして送り出すトークをよどみなく覚えること!」

ここまで、来たのです。ついにここまで。

……ちーーともうれしくないのーーー!

脳みそが、心が、それらを全力で拒みます。
やだちょっと何ごとですか。私は私に尋ねます。


私がやりたいのは、お店の規格通りの店員さんになることではなく、
相手の状況とニーズに応じて、足もみやらコーチングやらただのおしゃべりやら、
それはそれは自由に形を変える、

大人のための移動保健室なのです!!


……出た。やっと出ました本音が。長かった……

そうと決まったら1日も早く、その準備に乗り出さねばなりません。
ありがたいことに、相談相手になろうとしてくれるコーチングの先輩がいます。
前人未到の「足もみコーチング」を受けてくれるという友人も複数います。

「石の上にも三年」と申します。
「辛抱が足りん」とおっしゃる方もいるでしょう。でもね、

辛抱してたらいつまで経っても私の人生は始まらないのですーー!

やだ。もう待ってられない。私から獲りに行く。
そんな気持ちです。だから、

今日の卒業式はね、奮発して「獺祭」小瓶を購入。
近所のスーパーで普通に売ってた。ラッキー。







by shibe0814 | 2016-08-16 14:07 | オガワの腹ん中
「幸せになる方法」。

最近、ちょっと意地悪な気持ちで、
ググってみた言葉です。

セラピストさん。心理学者さん。
なんか、宇宙とか星座とかの、スピリチュアルな皆さん。
ありとあらゆる方の幸福論が、べべべっと並びます。

「自分に嘘をつかないで」
「自分自身を好きになってあげて」
「嫌なことは断っていいんだよ」
「泣いてもいいんだよ」

……。

うんわかった、そうするー!……とは、
ぜーんぜん言える気持ちになりません。

だって、だってそうじゃないですか。
人は誰だって子どもの頃から、
「それしちゃいけません」「もっとがんばりなさい」
って言われて育ってきてるんですよ。

「今の自分じゃ全然足りない」、
「がんばらなかったら自分に価値はない」、
それが初期値、デフォルトなのです。

それをいきなり「自分を許してあげて」とか言われてもさー、
そんな方法まるでわからんわけさ。

陸地を飛び回って暮らしてる野ザルを大海原へ放り込んで、
「泳いでもいいんだよー!」「泳ぐ自分も許してあげてー!」って、


野ザル、おぼれるって!!


悪いけど私は生粋の野ザルです。
何らかの課題を前にすると、
まず「できない理由」が脳内に箇条書されます。

たとえば部活を選ぶとき、あるいは就職超氷河期を経て、
「一番ほしいものは望んじゃいけない」と思って育ちました。

だから「一番ほしいもの」が目の前に現れても、
自分へのダメ出しが真っ先に山ほど浮かぶから、足がすくみます。

ほしいものがあっても、望まない。
離れていくなら、追いかけない。

私にとって、それはとてもラクな生き方で。


でもね、ほしいものが、できちゃったんです。
ある朝、急に降ってきて、私は名刺の肩書を書き換えました。

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春から取り組んできた足もみ技術とコーチング技術を持って、
私はこれから誰かのもとへ、いそいそと出かけていくのです。

たとえばおうちや、会社や、その近くで。
以前のつながりを生かすなら、
何らかの楽屋か稽古場で。

足が重いなら、その足をもみ、
心が重いなら、その心を聴く。

そんな毎日を私は生きたい。
そんなふうにしてごはんが食べたい。
いつ来るかわからない未来の話じゃない。
今日明日と地続きの、現実の話として。


……やっちゃいけないって、誰が決めたの?


というわけで、動き出してみようと思います。
今これを読んでいる、そう、あなたに、私は書いています。

ちまたにあふれる幸福論に全然乗れない人。
乗れないから、自分は、幸せなんか要らないのだって思ってる人。
自分のこの毎日の暮らしはもはやフィックスで、
何も変えようがないのだと思ってる人。

むしろ、風ひとつ、吹いてくれるなと思ってる人。

野ザルどうし、時間をかけて、風をさがしてみませんか。
案外気持ちいいのかもよ。知らないけど。

「あいにいく」第二ステージ。
おしゃべりしましょ。

ご連絡、お待ちしております。
小川志津子 info@ai-ni-iku.com



by shibe0814 | 2016-08-09 12:45 | オガワの腹ん中

お疲れ気味のあなたのもとへ行き、足を揉んだり話を聞いたり、ちょっと元気になってもらう「旅する保健室」の小川志津子がいろいろと書いてます


by 小川志津子