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オガワの腹ん中。

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カテゴリ:オガワの腹ん中( 22 )

このところ教わりっぱなしのオガワです。
謎のじんましん以降、テレビと昼寝とスマホゲームと、
たいへんジダラクな日々を過ごしています。

皆さんこないだ見ましたか「アウト☓デラックス」。
ちょっと忘れられない代物だったですね。

ゲストは桃井かおりさん。
彼女の来歴や「アウト」なエピソードが次々と披露されて、
やがて彼女の監督最新作についての話題になりました。

桃井さんのおうちをスタジオにして、撮ったんですって。
みんなのごはんも、桃井さんがこしらえたんですって。
まるで合宿みたいにして作られたその映画は、
普通だったらひと月半はかかりそうなものを、
「10日で撮れちゃったわよぉー」、って桃井さんは笑いました。

そのトークの場を回す係を任されていたのが、
南海キャンディーズ山ちゃんでした。
みんなの話のボリュームがちょっと下がった刹那、
スタッフからカンペで示された質問をはさみます。
「桃井さん、今後の目標とか、あるんですか?」

するとね。桃井さんはちょっと黙って、
それから山ちゃんを見つめて、
こんなようなことを言ったんです。

「聞きたい質問じゃなくて、
 聞かなきゃいけない、っていう質問を、
 しなきゃいけないのだと思ってるあなたが可哀想」

……!!!

スタジオは当然それを笑いに変えます。
だけど私は思ったのです。

この構図、どっかで見たことある!と。

なにかを「解脱」したやつらは、決まって言いやがります。
「しなきゃいけない」にとらわれない人生って最高よお!って。
でもね、ちょっと待ってと私は言いたい。


あなたたちの、その幸せを、支えているのは誰ですか、と!


そのあとの山ちゃんが素晴らしかった。
桃井さんの言葉が深く深く刺さっちゃったことが、
顔を見ればもう歴然でした。
みんなが、山ちゃんを、笑います。
そこで彼はこう言ったのです。

「……で、今後の目標とか、あるんですか??」

わあっと笑いが起きて、コーナーはおしまい。
私は感動した。感動しちゃったよ。

その質問ダメよ、と言われた質問を再度重ねるという選択肢!

果敢。新概念。
サイコーだよあんた。


by shibe0814 | 2016-07-16 17:52 | オガワの腹ん中

身体が教えてくれたこと

どうもお久しぶりです。
相変わらず足揉み研修中のオガワです。

先月末ぐらいかな、ヒザ下の施術を習いましてね。
これがずっと中腰の姿勢を持続しながら力仕事をしなければならず、
その日の研修が終わったときはもうすっかり抜け殻で、

じんましんが出ました。

ひゃー、びっくりした。
医者によると「疲労や発汗によって出ることが多い」のだそうで、
思い当たるふしがありまくりなので、
クスリもらってすごすごと引き上げてきました。

考えてみると。

足揉みを習い始めてからこっち、
友だちを自宅に呼んでは、練習台になってもらったりして、
テンション高めに過ごしてきました。

当然、転身の理由をたずねられますから、
テンション高めに、答えるわけです。

へええっ、って面白がってくれる人多数。
そういう人たちにきゃっきゃとはしゃいでみせながら私は、

必死に、信じこもうとしていました。
この選択は間違ってないのだと。

あちゃー。と思います。
私はまた、同じ轍を踏もうとしている。

同じ轍。

私はどうも、これまでの人生経験上、
何らかの居場所や、密な人間関係を得ても、
それが長く続くことがあんまりありません。

最初は、面白がってもらえます。
「オガワさん、面白いねえ!」って言ってもらえる。

だけどそうやって私が「面白く」そばに居続けるうちに、
急に、その人たちからのレスポンスが、悪くなる時が訪れます。

送ったメールが返ってこなくなる。
大切な催しの日程が知らされない。
私の「面白」が、撃っても撃っても、何も響かない。

ああそうか、私は用済みなのだ。
そうやって閉じていった居場所と人間関係が、いくつかあります。
思い出すと涙が出るくらい、愛しかった人たちです。

私がライターの道を手放したのは、それがつらすぎるからです。
取材ライターの日々はその繰り返しでできていて、
それがつらすぎて、手放さずにいられなかった。

でもまた、同じことが今、起きてるんじゃないか。
足揉みにはしゃぐことで、ライター歴まるごとを閉じようとしてはいないか。
足揉み界隈で必死に「愉快なオガワさん」をしている私は、
今までと同じように、いつか飽きられて、拒まれるんじゃないか。
そんなふうに思えてならないのです。

……最近ね。
ネットとかを見てると、コーチングがらみなのか、
「他者からの評価ではなく自分の幸せを指針に生きろ」
的な言及に触れることが多いです。

きっとそれも正しいのでしょう。
そんなふうに生きられたら幸せだろうなと私も思う。でもね。

「人に喜ばれるとうれしい」。
私は、ただそれだけで生きてきたの。

それ以外の、自分の喜ばせ方がわかりません。

おととい、久しぶりに研修がありまして。
ヒザ下の施術を、そりゃもう重点的にやりました。
体重のかけ方がどうーーしてもわかんなくて、
でも研修終わりかけの頃、ふっとそれがわかった瞬間があって、
「それっ! オガワさん、それっっ!!」って上司がはしゃいで、
その瞬間がとってもうれしかった。

そしてゆうべまたじんましんが再発したわけですが、
それでも私は思うのです。


四方八方、幸せなだけの人生なんて、何のネタにもならないよー!!


私は、ネタになる方を行く。
人に笑ってもらえる方を行きます。



by shibe0814 | 2016-07-15 19:46 | オガワの腹ん中

この旅のおぼえ書き

島根に、行ってきました。

4年前、自分から「演劇ライター」を名乗っていた頃に取材した
(http://www.ai-ni-iku.com/ai-ni-iku/ep01/ep01_01.html)、
雲南市の演劇人たちによる公演『オイル』を観に。
(感想は当日ツイートしたので割愛しますね)

彼らが何らかの行動を起こすたびに、おじゃまする街です。
新幹線も、岡山での待ち時間に足を伸ばす「独歩」のスタンドも、
そして岡山からさらに3時間かかる魔の「特急やくも」も、
なんかもー目をつぶってでも行けちゃうんじゃないか、ってくらい通っています。

ただ、今回は、前回までとは大きく違う点がありました。
私が自分から「演劇ライター」を名乗ることをやめたこと、です。

そのあたりは、このブログの2月あたりからの動きに詳しいのですが、
要するに私は「誰かを追いかける」「追いついたり離されたりする」
「結局一人残される」の繰り返しに耐えることが、
ちょっともう、できなくなってしまった、ということです。

私が書いた言葉や、私のしたことが、
誰にどう届いているのかわからない日々ではなく、
顔の見える誰かと、嘘じゃない何かを交わしたい。
そんなふうに、思うようになったのでした。

でもね。そうすると何が起きるかっていうと、
はじめましての人にはじめましてをする時に、
自分を説明する言葉がみつからないってことなんです。

「ねえねえ、おばあさんはなぜここにいるの?」
「それはね赤ずきん。お前たちのことを書いちゃうためだよー!」きゃーー!
……が、できないのです。

初めての事態でした。
「自分もみんなの力になれるかもしれない」という今までの前提が、
今回は、根っこからごっそりと無いのです。

見える景色も、今までのどの訪問とも違いました。
どうやらとんでもなく過酷だったらしいこの現場で、
疲れはててしまった人たちに例えばコーチングスキルを使おうにも、
何も届かない響かない。今の彼らに必要なのは先行きを照らす灯りではなく、
積もり積もった鬱積を理解し共感し一緒に毒吐いて笑ってくれる同志なのです。

私は、それではない。
そのことが、とても静かに胸を満たしました。
そしてここが予想外だったのですが、そのことが、
私はどうも悲しくはないのです。

最初に彼らを取材したのは、もう4年も前のことです。
小さな町の人たちが、「演劇」という手段を得て、
自分にできることを持ち寄って、それぞれ大らかに発揮している。
そのさまに私は惚れたのでした。

でも時間が流れれば人も状況も変わります。
私だって、当時は想像もできなかった変革期にいます。

季節は変わったのだと、私は静かに思いました。
まるで寂しくないと言ったら嘘になるけど、
でも、それは私にとって、揺らがぬ事実でした。

「力にならなきゃいけない」を取りはらった私は自由でした。
問題山積の首脳陣にその真相を問うのではなく、
私の顔を遠くから見つけて、話をしに駆け寄ってきてくれる人たちと、
ただ、時間をいっぱい過ごしました。

これはもう「ともだち」と呼んでしまいたい。
そう思いました。

演劇の肩書を取り外した私が、演劇の街を訪れたら、
できたのは、「ともだち」でした。

いい旅でした。深く感謝します。




by shibe0814 | 2016-06-14 11:35 | オガワの腹ん中

第2章、スタート。

このところ、文中から気配を感じておられる方もおられるかと思うのですが
(わからないひとは3月くらいまでさかのぼってみてね)、

エンゲキともライターとも離れた日々を、このたび、スタートさせました。

マッサージ屋さんで、リフレクソロジーを勉強しています。

……ええ、まるで経験はありません。
1からのお勉強です。

事の次第を振り返るとですね。

たぶん私は、どこに置かれても、「書く」ことは辞めないだろうな、という思いがあります。
であるならば、「書くことで食う」ことにしがみつく必要はないんじゃないのかと。


そう思い始めたら、他に興味のあることっていっぱい湧いてくるのです。


まず、コーチングをちゃんと勉強したい、という気持ちは固まっていたので、
そのための食い扶持を探して、求人サイトを流し読みしました。

いつもなら、「何でもいいから私にできそうな仕事」にチェックを入れてるところです。
事務。体力を要しないところ。人間関係がめんどくないところ。

でも「いくらでも代わりが利く職場」や、
「終日誰とも会話をしない仕事」、そして、
「気が重い仕事」「遠い職場」は長く持たない。
ってことが経験上、わかっていました。

食い扶持バイトにも、何らかのよろこびを持ちたい。
そんなことを考えているところに、
響いてきた言葉がありました。

「しーちゃんには、保健室の先生でいてほしい」。

前に書きましたね。
ある友人からもらったばかりの言葉です。
ふーむなるほど。緊張から逃れて、ひと息つくための場所。

……あ。

最寄の駅ビルのマッサージ屋さんが、
バイト募集してるではないか!

通勤時間、徒歩7分。
そして「未経験者歓迎」!

書いた記事がどう読まれてるかまるでわからないのとは違い、
今自分がしたことが、相手にダイレクトに届く仕事。
そしてそれを目のあたりにできる仕事。

えいや、と応募。
もちろん私なんかよりずーっと若い社員さんが出てきて、
面接は何だか緊張せずに、愉快にお話することができて、
翌朝、早速採用のご連絡をいただき、

今、猛勉強中です!!

いやー大変。
おぼえることいーーっぱい!
ちょっと気を抜くと不安に飲まれます。

でもね、「今日やること」が明確なのって健全。
「書けるか書けないかわかんない不安」でどこにも行けない毎日から、
ちょっと離れて骨休め。

平穏ー。
今まで知らなかった平穏。

誰か自主練の実験台になってくれるとうれしいですよ。




by shibe0814 | 2016-05-20 14:16 | オガワの腹ん中

激動すぎた黄金週間

前回書いたのから今日に至るまで、
私はとんでもない大嵐に飲み込まれたスワンボートのような心境でした。
居場所、というか、「こういう気持ちでいれたら楽しい」が見えかけたところで、
ハハから、連絡があったのです。

「しーちゃん、そろそろ実家に帰ってこない?」。

彼女に悪気はまるでありません。
むしろ、助け舟みたいな気持ちだったと思います。
昔から続けてきた仕事が行き詰まり、心を消耗してたムスメに、
「ごはんの心配なら要らないから」と。
「家賃も貯金できるじゃない?」と。

私はひとりっ子です。
両親は二人で横浜に住んでいます。
帰れない距離ではまったくない。
両親との関係も、良好です。

にもかかわらず!

「実家に帰る」って考えると、
とんでもなく身体が重くなります。
胃袋に巨大な石を飲み込んだみたいな感じです。
なにも考えられない。ニアミスがほんとに多くなる。

家を出て以降、自分が自分で獲得したものたちが、
みんな遠のいていくような、そんな気持ちになりました。

連休前半は何にもできなくて、ただただ自室で、
ベッドの上でスマホのパズルゲームやってました。

そして連休中盤。
実家に帰って、何事もなくおいしいごはんを食べて、
お茶なんか飲んでた時でした。

ハハが、自分の若いころの、アルバムを出してきたのです。

「実家に帰ってらっしゃい発言」の前に私は、
「なんか、私は、いつもおかーさんに人生を我慢させているみたいな気がする」ということを、
彼女に伝えてありました。

そうじゃないよ、おかーさんは幸せだったんだよ。
たぶん、そう言ってくれてるようでした。

今だ。と思いました。
打ち明けるなら、今です。

おかーさん、私ね、自分の幸せのゲタを、人にあずけるの、もうやめようと思うよ。
「うん」

「エンゲキ」にも「ライター」にも、しがみつくのやめたの。
「うんうん」

自分で、取りにいくんだ。これから。
「そうだよ。それがいい」

そのためにね、1から勉強したいことができたの。
「自分の幸せに自分で責任を持つ」ってことを、
ちゃんとやりたいって思うの。
「うん」

だからね、実家に帰ってくる話、もうちょっと待って。
「わかった。了解です」

……あっけな!!

でも、泣かずに、落ち着いて伝えられたのは、
それまで相談させてもらった幾人かの人たちの、
言葉があったからです。

その人たちに状況を説明しながら、
自分の頭が整理されていった感じです。

「これからどうありたいかを考える時に、
 決断権が第三者にある欲望は意識的に横へ置こう」って言ってくれる人がいた。

「しーちゃんには、保健室の先生みたいな人でいてほしい」
「授業やクラスに馴染めない子でも、
 しーちゃんのそばにいることで心休まるような、
 そういう場所にいてほしい」とも言ってもらった。

それ聞いて私は泣いちゃってね。
ああ、それはすごく、そうなりたい。
でも実家に帰ったらそれは遠のく気がする。
嫌だ、やっぱり私はそれは嫌だと。

ハハにそれが伝わった(はずの)今は、
ちょっとほっとしちゃって、それと同時に、

これは大変なことになった、とも思っています。

自立しないと。自分で、立たないとー!

みんなの想像を超えた転身を、
実は今、はかっているところだったりします。

どうするどうなる俺の人生!
まるでわからん!



by shibe0814 | 2016-05-06 12:51 | オガワの腹ん中

突然の大洪水。

ゆうべは楽しい宴会でした。
ひと月前、コーチングのクラスを共にした級友たちと、
突如集まって飲み会をしたのです。

私たちの結束は、たぶん、今は青春期。
「人の話を受け取る」そして「幸せになる!」という志を共にする人たちに、
出会えたことのよろこびと、互いの新鮮さで、
わりといい年こいてんのに、今のところわーきゃー言い合えてしまいます。

たまにこういう仲間ができてしまうと、
ひとり稼業の私はすっかりはしゃいでしまって、
そりゃもう、しこたま酔っぱらいました。

我に返ったのは、翌朝です。
テレビでは「スッキリ!」が始まってるのに、
私の胃袋はまるでその真逆で、
うーー、うーーーってうなりながら、
他のみんなは果たして無事だろうかって思いました。

会社員の皆さんは、こんな朝でも会社に行くのだなあ。
おかあさんたちは、こんな朝でもおかあさんなのだなあと。

そうだ、みんなは新しい一日を、すでに始めてるんだな今ごろ。
そう思いました。そしたら唐突に飲み込まれてしまった。

これはまぎれもなく恐怖感です。

私は今まで「過去の延長」を生きてきました。
「すでに手の中にあるもの」のみで生きてきちゃった。
小さいころから得意だった、文章を書くこと。
同じく、小さいころから好きだった、演劇を観ること。

でも、そういう生き方には、やがて限界が来ます。
ポケットの中身を一個ずつ出していったら、
そりゃーいつか何にもなくなっちゃいます。

本業は目に見えて失速していて、「力不足」という歴然とした現実と、
「好きだったものたちに拒まれる」という体感ばかりが募ってゆき、
私は今、初めて、「すでに手の中にあるもの」を手放す季節にあります。

そしたらね。
つかまるものがなんにもないの。
宇宙空間にほうり出されたみたい。

そしてね、「つかまるものがなんにもない」というこの景色を、
いま目の前に見ているのは、私だけなの。

かすかな気力で「だれかそばにいてほしい」って願っても、
「ずっとそばにいてくれる保証のある誰か」なんてどこにも存在しないのです。

……恐ろしい。
なんて恐ろしいんだ。

人生ってこんなに恐ろしいものなんだっけ。
みんなよくすいすい生きてるなあ!

そんなこんなで今日はすっかり抜け殻でした。
でもね、水底をみたから、あとは蹴上がるだけ。
胃腸をからっぽにして、あしたからがんばります。



by shibe0814 | 2016-04-28 21:44 | オガワの腹ん中
いつもよくしていただいている、篠崎誠監督の
(http://www.ai-ni-iku.com/ai-ni-iku/ep04/ep04_01.html)、
最新作『SHARING』の、最終試写を観てきました。

3.11以降の、まぎれもない私たちについての映画です。

「SHARING」。
本編でも語られる、深く静かな願いのキーワード。


あの日、私は映画美学校の事務局にいました。

今の地下フロアではなく、1階に受付とロビーと教室と、
あの懐かしい「カフェテオ」があった頃。

私は「昼番」のシフトで事務局入りしており、
特にすることもなくネットとかを見てたら、ぐらりと揺れて、
しかもどんどん長く大きくなってゆき、あわてて外へ出ると、
他のビルからも、たくさんの人があふれ出ていました。

何が起きたんだかまるでわからず、ただ、
携帯電話のアンテナ表示が、見たことのない紫色をしていたのを覚えています。

ちょうどこちらへ向かっている最中だった上司が、
生まれて間もない赤子を抱っこして現れました。

彼の奥さんもビガッコーで働いているので、
いつもは夫婦がビガッコー近辺で落ち合い、赤子を受け渡して、
奥さんは子連れで帰宅し、上司は出勤するのです。

親たちが外でこれからの何らかについて打ち合わせしている間、
なぜか私が、赤子番となりました。
気がついたらビガッコーのえらい人たちもそこここにいて、
おじさまたちは皆、見たことがないくらい柔らかい顔をして、
ぐるりと赤子を取り囲んで、顔をのぞき込んだのを覚えています。

普段あんまり言葉を交わすことのなかった、別の上司のひとりが言います。
「これくらいの頃は、まだあんまり周りが見えてないと思うよ」。
彼の家にも、幼いちびっ子がいるのでした。

赤子って最強。
一気に弛緩ムード。

そこから先はあっという間でした。
夜が来て、「帰宅難民」の皆さんが明かりを求めて押し寄せて、
上司たちは倉庫でホコリかぶってたアナログテレビを引っぱり出し、
椅子をたくさん並べたロビーの中央に、どん、と据えました。

私が座っていた受付席の、ちょうど真ん前、真正面でした。

同じ映像が、何回も何回も流れていました。
真っ黒い波しぶきが緑の田畑をじわじわと飲み込んでいく様。
炎を上げたままの家屋が濁流に押し流されている様。
波がそこまで迫っているのに、身動き取れずに渋滞している車の列。

出てくる順番を、覚えてしまいそうなくらいでした。

興味深いことに、NHKのアナウンサーは、
VTRの途中であれ何であれ、1時間かっきりで交代していくのでした。
その理由を私は後で、身を持って知るわけですが、

私の中でそれが起きたのは、夜を徹した明け方でした。
私の、ドキュメンタリー科在籍時の恩師がたまたまビガッコーで夜を過ごし、
帰り際、声をかけてくれたのです。

「オガワさん、そろそろ行くね」。
はあい、と顔を上げて彼女の顔を見た瞬間、
涙が、ぼろぼろぼろっ!と落ちました。

何が起きたんだかよくわかりませんでした。
こんなところで泣いちゃうほどの何かを、
私はまるで、被ってはいないのです。
なのに涙が止まらない。いやむしろしゃくりあげている。

そこから先の記憶は、どうも、飛び飛びです。

朝が来て、電車も動き出し、
誰もいなくなったロビーでお疲れ様をして、
職員一同は解散しました。

帰りの井の頭線からの景色を、私はたぶん忘れないと思います。
抜けるような青空。みんな誰かのもとへ帰っていく。
でも私はそうじゃない。自室で一人で、またニュースを見るのでしょう。

感受性を、閉じてしまった方が楽だと、その時、思ってしまいました。

『SHARING』に登場するのは、あの日以降、
感受性を閉じずに生きてきた人たちです。
すべてのアンテナを閉じて、目をそらして生きていくほうがずっと楽なのに、
それを選び取らなかった人たちの物語です。

彼ら彼女らは「分け合う」ことを試みます。
自分が見た景色を、心を、誰かと共にしようとします。
拒まれます。スルーされます。衝突もします。
決してうまくはいかない。だけど、
それでも彼ら彼女らは、そのトライをやめないのです。

目の下を土気色にしながら。
幾度も眠りから引き戻されながら。
皆、それぞれの「SHARE」を模索するのです。

もちろん、篠崎監督ご自身も。

皆さんは、どうですか。
あなたの感受性は、今も、ひらいていますか。

そういう話を、あなたとしたい。
いつか、何年経ってでも。そう思います。
https://twitter.com/sharing0401
http://sharing311.jimdo.com/



by shibe0814 | 2016-03-31 00:37 | オガワの腹ん中

またしても時間旅行。

「映画美学校」っていうところで働いていたご縁があって、
映画監督の篠崎誠さんが、立教大学でゲスト監督を招いてシンポジウムするその様を、
文字起こしするべく、新座キャンパスを2回、訪れました。

初回は想田和弘さんと深田晃司さん。
2回めの今日は、是枝裕和さんでした。

彼の、20年近く前の作品に、『ワンダフルライフ』っていう映画があります。

人は、死後、ある収容施設に入れられて、
「自分の人生でとびっきりの瞬間」をひとつだけ選んで、
それを職員総出で映画にして(ほんまもんの技術スタッフさんたち)、
死者たちは、その上映を観ながら成仏する。っていうお話。

物語の登場人物(つまり俳優が演じる役たち)とまるで等価に、
素人さんの、おじいちゃんやおばあちゃんたちの、
ほんまもんの人生経験を、職員たち(俳優と是枝さん)が聞き出し、
それを映像にするくだりがあります。

若かりし私は、その営みに惹かれました。
私がもし、この施設を訪れる日が来たら、
「選ぶ」側ではなく「聞き出す」側にまわりたい。
そういう職業ってどこかにないのかしら。

……と、思って、今に至ります。

今日、文字起こしに行って来た篠崎さんのシンポジウムの、
テーマは「3.11以降の映像表現について」なのだけれど、
彼は、自分の実感にないことはしない、という姿勢において一貫されており、
おこがましいけど私もだー!って腹の底で叫んでしまった瞬間があり、

でもね、あの日の私を思い出した時、ちょっと悲しくなったんです。

私はこのところ、インタビューのお仕事から離れています。
自分の意図じゃありません。来なくなっちゃったの。でもね、
「来ない」ってことは、何か私に理由があるんだと思って、
おずおずと、引き下がろうとしているところです。

でもあの映画を観た日の私は、もっと無邪気に、
いろんな人に話しを聞いてまわりたーい!って思って、
やりたいことみつけたー!!って、思っていたはずなんです。

どうしてこんなに怖くなっちゃったんだろう。
何を失うのが怖くて、引き下がろうとしているんだろう。

見ると、『ワンダフルライフ』の頃には小学生だったという学生さんが、
是枝さんと丁々発止で、突っ込んだり突っ込まれたりしています。

自分はこれまでそういうことを、自分に禁じながら生きてきた。
でもねーそのことで逃したものが多すぎる。
止まってる時間が長すぎるー!

私は、ここからしばらくの人生を、
「怖いものが怖くなくなる」ために使いたいと思います。

はーー盛りだくさんだった。
おやすみなさいー。
by shibe0814 | 2016-03-01 00:46 | オガワの腹ん中

ちょっくら20年ほど。

ちょっとした旅に行っておりました。

日帰りですけどね。広島へお芝居を観に。

初めての場所、初めての街へ行く時は特に、
心のどっかしらが常に緊張してるものですけど、

新幹線の中だけが、私の場合、
むちゃくちゃリラックススペースなのです。

「次どこ行こう」って考えなくていい。
「次何に乗ろう」とかも調べなくていい。

座ってれば、着いちゃうんですから。

飛ぶように流れてく景色とか、
空のてっぺんでついてくる月とかを、
ピントあわさずにぼーっとみてると、脳みそのいろんなねじがゆるみます。

たまに「仕事するぞ!」って意気揚々とパソコンを持ち込みますが、
まず無理です。ゆるんじゃうから。

今日は、お芝居の中で使われてた曲を聞きながら、
自分の若い頃のことを考えてました。

お芝居は、蓬莱竜太さんの『五十嵐伝』。
とある大学の、プロレスサークルのお話です。

ここに出てくる若者たちは、今ここにある青春が、
今ここだけのものであることを知っています。

知ってて、いろいろ懸けてます。

私はね、大学の頃、クラブにもサークルにも入らなかったんです。
好きなことはあったけど、それは「選ばれた人」にしか許されないんだと思ってた。

選ばれてない私たちがそれをやっても所詮真似事にすぎないと、
それは虚しいことなのだと、思い込んでいました。

あそこが曲がり角だったなーって、今は思います。
体験しなくちゃわからないことを、何一つわからないままで、
いい年こいてしまった。

飛び込んでみて、やってみて、
無様でも、真似事でも、虚しくても、

それでも、やる。
そういう選択肢。

今、そんな渦中にいるすべての皆さんにどうか幸あれと、
流れ去る夜景を眺めながら思いつつ、

ほんとはトイレに行きたいんだけれど通路側のおねーさん爆睡しちゃってて為す術もなく、

そんな3時間半。
20年の時を越えて、たった今、我が家へ帰ってまいりました。

そして、言うまでもないんですが、
……やっぱ真心ブラザーズ最高だな。
by shibe0814 | 2016-02-22 00:38 | オガワの腹ん中

チチが生まれた日に。

今日、71歳になった人がいます。

チチが生まれた日に。_c0241437_1874371.jpg


オガワゲン。うちのチチです。
最近めっきり私のストレスのはけ口になっているかぎ針編みで、
まーーーっすぐ編んだだけの指なし手袋とネックウォーマーを、
送りつけたら返ってきたのがこの写真です。

油断してました。
泣いてしまった。

うちは、ひとりっ子核家族です。
チチとハハは、実はそんなに、仲良しじゃないです。
一緒に暮らしてたとき、普通に話してるとこあんまり見たことない。
晩ごはん食べながらつけてたクイズ番組みて、
したり顔で先に正解言っちゃうおとーさんと、
それが嫌でどんどんテンション下げてくおかーさんの間で、
あわあわ、うろうろ、話をつなげるのが私の役目でした。

ごはんが終わればおとーさんは部屋へ入っていき、
おかーさんはぷんすか怒りながら片付けをして、
私は、……私はどうしてたのかな。うまく思い出せません。

3人家族ですから、ふたりにそっぽを向かれてしまうと私は少数派です。
いつも一緒にいるのはおかーさんだから、私はおかーさんの話を聞きました。

おとーさんはね、結婚するときおじいちゃんに、
お仕事の国家資格を必ず取るって約束したの。
でも今ぜーんぜん勉強してないでしょ、おかーさん騙された。
しーちゃんが大きくなったら、おかーさんリコンするから、
一緒にしあわせになろう。

うん、とこたえる以外に何か方法があったろうか。

中学生の頃、そのことをチチに詰問した記憶があります。
おかーさんはこう言ってるけど、おとーさんとしてはどうなの。

チチは何も言わずに「それはおかーさんと俺が話すことだから」と、
部屋に入っていきました。

その後のことを私は知りません。

家を出て生活することを、止められたことはありません。
いやむしろハハの方から、外に部屋を借りなさいと提案されました。
おとなになる前に、ひとりで生活する練習をしなさい。そう言われました。

町田、王子、現在の杉並と、「ひとり時間」を重ねるうちに、
ふたりにとって私は「非現実から来る人」になっていきました。
私を迎える空気が、お客を迎えるときのそれになっていきました。

夫婦で過ごす時間のほうが「現実」。
そういうふうに、なっていきました。

むしろそれを望んでいました。
私が家を出て、自分で暮らすようになったら、
ようやく、ようやく向き合ってくれるんじゃないかと、
試すみたいな気持ちで家を出たのです。

決して平坦な道ではないようです。
でもその平坦じゃなさを、私が受けとめてしまったら、
すべては水の泡なのです。

ふたりは、今も一緒に暮らしています。
チチは今日カメラの前であんな顔をしており、
そのカメラのこちら側にいるであろう人は、たぶんハハです。

両方笑ってなきゃ、撮れないと思うんですこんな顔。

我が家は老々介護です。
いつかその日は必ずやってきます。
私はこちらに家族があるわけでもないから、
遠くない将来、たぶん帰るんだろうと思います。

……帰るったって電車で1時間強です。
どーしておめーは今帰ってこねーんだよ、
って思ってる親戚や旧友はたぶん複数います。

でもね、ごめん、この笑顔はね、
私がいたんじゃ、見られない笑顔なんです。

ムスメの私からしたら奇跡みたいな、
チチとハハのみによる笑顔なんです。

そのことの得難さを、まだもうちょっと、味わってたい。
そしてちっちゃい頃の私に言いたいんです。

あのふたり、わりと大丈夫だよって。

おとーさんおかーさんいつも元気でいてくれてありがとう。
また何か送りつけますから、笑ってね。
by shibe0814 | 2016-02-11 19:10 | オガワの腹ん中

お疲れ気味のあなたのもとへ行き、足を揉んだり話を聞いたり、ちょっと元気になってもらう「旅する保健室」の小川志津子がいろいろと書いてます


by 小川志津子