オガワの腹ん中。

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カテゴリ:オガワの腹ん中( 22 )

「あいにいく保健室」詳細は → こちらへどうぞ


旅に行ってきました。

家に帰ってカバンを置いて、部屋の電気をつけようとしたら、
スイッチの紐が根っこから、ことん、と抜けてしまいました。

以降3日間、電気、まるでつけられず。

仕事机の電気スタンド(電球色)と、
ライトがつくタイプのアロマディフューザー(これまた電球色)が、
我が家で使える「照明」のすべてです。

めーーっちゃムーディーです!

そうすると、何だろう、考えることも、
いつもより深く濃くなります。

ここ数日間、考えていたのは、
旅先で最後に足揉みをさせてもらった人のことでした。

その人は、疲れきっていました。
自分と誰かとの間に起きるもろもろに。
あるいはそれに伴う制御不能な心の激震に。

彼が身体中から発しているのは、
「怒り」にとても似ていました。

その蒸気が彼を、さらなるさびしさへ、
追い込んでいるようにも見えました。

とても、とても思い当たるふしがありました。
私はこの「保健室」を、旧知の友人に対しては、
あらためて「出会いなおす」ためにひらいたところがあります。

大好きな人。会いたい人。
もっと話がしたかったけど疎遠になっちゃった人。
そういう人たちに思いを込めて、

「こんなことを始めたのですが、もう一度出会いなおしませんか」

って呼びかけるプロジェクトです。
そりゃもうかなりのラブレターを書いてね、

返ってきたのは、ほんの数通。

傷つかなかったと言ったら嘘になります。
そうか、私のこの思いは片思いだったのかと。
いっぺんに何十人分も、大失恋しちゃったの。

「誰にも届かない」「受け取ってくれない」
「自分はこんなに愛しているのに」

そんなスパイラルに落ちようと思えば、今すぐにでも落ちられます。
でも、それがむなしいことを、今の私は知っている。

「あの人は来てくれなかった」と嘆くよりも、
「実はひそかに応援してくれてる」って、勝手に妄想する方が楽しいから。

勝手に妄想して、勝手に「ありがとーーう!!」って、
「愛してるぜ、せんどぅわーーい!」って(©グループ魂)、
隙だらけでゲラゲラ笑ってる人のもとへ、
私なら集いたいと思うから。

ただ厄介なのは、「さびしさ」って代物なんです。

さびしさは、理屈を超えて、人の心を飲み込みます。
飲み込まれると、人はなぜか、
より、さびしい方を向くようになります。

理解者が目の前に大勢いても。
遠く離れてしまった(かのように見える)誰かの背中を見つめて、
「遠く離れてしまった」という喪失感だけを噛み締めて、

自分はひとりなのだと、全力で思い込みます。
誰にも好かれなくていい、ひとりでも大丈夫だと。

自分の心を守るために。
これ以上さびしくならないために。

これはまぎれもなく私です。
かつての私。そして、
ひょっとしたら明日、あるいは今夜の私。

そんな人の足を揉みながら私は、
何か伝えたくて伝えたくて、

言葉で、励まそうとしてしまった。
そのことが今、悔やまれてならないのです。

言葉にできるレベルのことなど、彼はとうにわかってる。
それでも、言葉にできない感情が、湧きあがるのを止められない。

手当てが必要だったのは、後者であったはずです。
そして私は「言葉ではない手当て」を学んだばかりです。

ただ黙って、思いを込めて、あたためるだけでよかったんです。


部屋の照明は、明日届きます。
ひとつのことをこんなふうに掘り進める夜は、
ひょっとしたら、そんなにないかもしれない。

だから今夜のうちに、
これを書いておきたいと思いました。

私の保健室は、今夜を境に、また一歩進化するのです。



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by shibe0814 | 2016-10-22 00:45 | オガワの腹ん中

日曜8時の大騒動

ついにわたくし、初体験をいたしました。
もはや、うぶな女の子ではありません。

レイバンにアカウントを乗っ取られた!!

目にしたことは、山ほどありました。
知人が、なぜか唐突に、レイバンの宣伝をしている。
のちにそれが「アカウントの乗っ取り」なる代物だと知るわけですが、
まさか、まーーーさか自分がそんな目に遭うはずはないと、
たかをくくってたのでびっくりしました。

日曜8時、テレビの前です。
もちろん『真田丸』を観ています。
いつものように片桐どのが受難続きで胃を痛めており、
ほんっっとうに小林隆は困り役がハマる!
ってうなってたところにメッセージが入りました。

「オガワさん! ツイッターのアカウントが乗っ取られてますよ!」

それは「あいにいく」で知り合った肘折温泉の団子屋さんでした。
私がなにか書き込むと、彼は真っ先に「いいね」をくれます。
どんなにコドクなつぶやきでも、彼は必ず受け取ってくれます。

あ……あかうんとのっとり??

ここで、すべきことはひとつです。
私は団子屋さんにメッセージを打ち返しました。

「ど……どうしたらいいの??」

すぐにパスワードを変えて、
それからレイバンがらみのツイートを全部消すように、
との司令がくだりました。

……よし。パスワードね。わかった。

あわててツイッターを開くと、すでにフォロワーさんから、
「乗っ取られてますよツイート」がいくつか入っていました。

そこへメールが、ぴーん、と音を立てます。
「オガワさんどうした! すごい勢いでサングラス宣伝してるぞ!」
映画B学校でお世話になってる監督さんでした。
冷や汗がごうごうと濁流をなします。

自分のツイートが表示される画面に入ったら、
「ツイートと返信」ってところをクリックするようにと監督は言います。
そのとおりにクリックして、のけぞります。

レイバンの広告でまっかっか!!

ひえーーー!!

あわててパスワードを変えます。
そして教わったとおりに、

タイムラインを埋め尽くす真っ赤なツイートを、
1こ1こ、手動で消去。

レイバンの暴走は収まったようでした。

レイバンなんて……人生で出会ったことなんてまるでないよ……
サングラスなんて大門かシャネルズのもんだと思ってたよ……

……『西部警察』も日曜8時でしたね。今気づいた。

というわけでわたくし、「レイバン・バージン」を脱しまして、
ようやく、一人前のネットサーファーとなりました。

皆さんパスワードはがんがん変えましょう。
そして、自己判断で収束を図るんではなく、
詳しい人の知恵と力をどんどん借りよう。

皆さんほんっっとうにありがとう。
お騒がせしました。




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by shibe0814 | 2016-10-10 23:01 | オガワの腹ん中
「保健室」関連のエントリーは → こちらへどうぞ

他者から自分に許された、与えられた方向ではなく、
自分が行きたい方向に進むのだという決意は、

両手にいっぱい手みやげを持って、
私の前に現れました。

まず、「自分は今これをどう思うのだろう」を瞬間ごとに考える条件反射力。
今私がしたことは正直? 今書いたことは真意?
あれ、なんか気持ちわるいね、これって何だろう?
あ、今はうれしいね、どうしてだろう?

一瞬ごとにそれを自分に問いながら、
メールを書いたり、ブログを書いたり、
人と話したり、しています。

わりとたいへーーん!(爆汗)

また、自分に正直でいるとなると、「好きなもの」だけでなく、
「きらいなもの」もはっきりと認識するようになるので、

あーやだな、今すげー悲しいな、むかつくな、
なんでだろう、やだどうしよう、ほんっとうにだいきらいみたい!

そんな感情が以前より、ずっとビビッドに訪れます。

「いなばの白うさぎ」って昔話があるじゃないですか。

サメ(だっけか?)をからかって怒らせて、
白い毛皮を全部ひんむかれて、
潮水に浸けられて、しみてしみて、
潮風に当てられながらひーひー言ってる白うさぎ。

あんな状態です、今たぶん。
なんかもうえらい勢いで「むき身」にされちゃったから、
ほんのちょっとのそよ風が痛くてたまらない。

そうするとね、作り笑顔とかをする余裕がなくなっちゃうんです。
悲しい時は涙が出ちゃうし、苛立った時は声がふるえる。
それが隠せないの。こぼれちゃうんです。

たぶん限界まで来てたんだと思います。
みんなに、すみずみまで、温和で柔和なオガワさんをやってくのが。

大好きな人を見かけても、人に囲まれてたらそっと身を隠し、
ひどいこと言われても、その瞬間は笑ってごまかし、
笑顔で別れて、帰りの電車の中で初めて
「……今ひどいこと言われたんじゃない私!?」って気がつくとか、

そういう筋肉疲労が募って、壊れて、
「第二形態」(©シン・ゴジラ)がよーやく始まるんだと思う。

言い方を変えれば、私が「すみずみまで温和で柔和」じゃなくても、
それでもそばにいてくれる人は、宝物なんだと思う。

私は、作り笑いで一時的な平和に安心して暮らすのではなく、
まっしぐらに宝物がほしい。とてもとても、ほしいのでした。



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by shibe0814 | 2016-10-08 14:03 | オガワの腹ん中
出会ってから、なんと10年も経つんだそうです。


当時はばりばりの「演劇ライター」で、
演劇媒体の演劇取材として彼女に出会ったのが10年前。

上野公園のね。青空の下でさ。
見渡す限り、茶色い蓮の葉が池一面を埋め尽くしている、
不思議な不思議なシチュエーションで、はじめましてをしたわけです。

私も、編集嬢も、そして彼女自身も(当時は)30代序盤。
「意気投合」ってああいうことを言うんだと今は思います。

彼女が所属していた「水と油」というマイム・カンパニーが解散して、
それはその世界にとってはちょっとすごいニュースだったのだけれど、
私たちはその時、青空の下で、「解散とは!」「未来とは!」っていうよりかは、
「この仕事しててどんなときが幸せか?」とか、
「これから先どうなってたいだろう?」っていう話に、
花を咲かせていたと思うのです。

「この解散公演の次は、どんなご予定なんですか?」そう訪ねると彼女は言いました。

「長野の野沢温泉村の小学4年生7人に、マイムを教えに行くんですよー」

……びびっ、と音がしたのを覚えています。。
だって、世界的に高い評価を得てきたグループなんです「水と油」って。
そのうちの二人の、一発目の仕事が「長野で小学生にマイムを教える」って!

黙って視線を交わす私と編集嬢。その瞬間に気持ちは決まっていました。

「私たちも、その旅に、同行してもよいででしょうか!!?!」

自腹密着旅、という現在の「あいにいく」スタイルの礎と言っていいでしょう。

押しかけた野沢小学校で、初めて顔を合わせる小学生たちは、
自分たちでマイム(と思われる何か)を自分たちで精いっぱい練習してきており、
東京からやってきた私たちに、それを見せてくれました。

見よう見まねだから、彼ら彼女らは工夫をします。
その工夫が、オノデラさんやフジタさんの心をくすぐります。

そこから猛練習が始まって、発表会はみんなそれはそれはチャーミングで、
とにかく、ただただ、みんなで体を動かすのが素敵でね。

……さて、私は今、ここで大変なことに気づいております。
あれから、10年が経っている。
あのとき、みんなは小学4年生。

……てことはもう20歳じゃないか!!!
もうみんなで酒盛りができるわけね??

さあ、オガワの腹は決まりました。
みんなで飲もうよ! 野沢で!
私は大好きすぎる焼鳥丼を肴にビールを飲み倒します。
みーーーんなごちゃまぜで同窓会。

リフレクソロジーを心得た私はね、
ご希望とあれば、飲みながら、揉みますとも。
揉んでから飲むと美味しいらしいよ!

そしてコーチングを心得た私は、
誰のどんなに些細な愚痴だって、ゆかいな宝物につなげてあげます。

野沢温泉近辺の皆さーん!
スーパーセブンの生誕20周年を肴に、
ただ単に、みんなで酌み交わしましょう(笑)。

少なくとも、目標ができたぞ。
それまで元気にがんばりましょうや!





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by shibe0814 | 2016-10-04 22:27 | オガワの腹ん中

胸をはって借りを作る!

今日は思いっきり「腹ん中」します。

トラウマ、なんていうと大仰ですけど、
過去の体験が、何年経っても影を落として、
その先へどうしても踏み越えられないっていうことが、
きっと誰にもあるような気がします。

私はね、自己肯定が下手なんです。
まわりの人たちがいくら「しーちゃんいいよ!」「面白いよ!」って言ってくれても、
ひとりになると、すぐ心がしぼんじゃって、
私はなにもできない、できていない!っていう気持ちになっちゃう。

考えました。
なんですぐしぼんじゃうのか。
「周囲はイイネと言ってくれるけれど、
 外へ出ようとすると拒まれる」光景にはとても既視感があります。

それについて、今日はちゃんと書いておこうと思うのです。

私が大学を卒業した年。
ちまたは「就職超氷河期」だかなんだかで、
どこへ行っても、少しも受け入れてもらえませんでした。

友人や、就職課の先生は言ってくれるのです。
「オガワさんにはこんなにいいところがあるんだから、
 それを受け入れてくれる場所がきっとある!」

……ねーのよ。
そんなとこ、ぜんぜんねーの。

卒業してから半年後、ある演劇誌の編集アシスタントの椅子を許され、
でも多忙期のみの勤務だったから、半月ずつ通販電話受付バイトと掛け持ちしながら、

親が買ったワンルームマンションに住んでいました。

まわりには「親戚の持ち物で家賃は払っている」と見栄を張ったけれど、
でも実際は、家賃は全面的に免除でした。

恥ずかしくてね。それがとっても。
「うわあ、お嬢さんなんだねー!」って言われちゃうことが、
とてもとてもコンプレックスでした。

それでも預金残高が危機を迎えることがたびたびあって、
そのことを母に打ち明けるといくらか振り込んでもらえてるっていう、

「経済的宙ぶらりん状態」がここから始まります。

2年でその演劇誌を離れ、とある週刊情報紙の編集部に入ったけれど、
まるで、まるで水が合わず、
ほんっっとうに使いものにならなくて半年で契約解除。

「外の世界では私は使いものにならない」という認識のまま、
私はフリーライターになりました。

「宙ぶらりん」はその後も続きます。
ていうか、言っちゃえば今だってそうです。
フリーライターという「いつ仕事が入るかわからない人間」を置いてくれるアルバイト先など見つからず、
見つかってもつぶれちゃったり切られちゃったりで、
よし本気出すぞと飛び込んだリフレクソロジーのバイトも研修受けただけで脱落。

ずーっと、ずーーーっとうしろめたかった。

今の私は、ほぼ無職です。
ライターのお仕事はほぼ請けていません。

来月はまあギリだけど、
再来月の家賃をどーするんだか、まるで見えてません。

「このご時勢、みんなそうだよー」って誰かが言います。
「縛られるのが嫌だから自分で安定を手放したんでしょう?」とも。

そうなんです。
でも、私は、それを楽しめてない。
なぜなのか。

「最初に拒絶された」という強い実感が、
常に根底にあるからだと思うのです。

見渡す限り、どの人もみんな普通に仕事に就いているのに、
私は社会から、他者から、許されていない。

悲しい。とても悲しい初期値です。

今日、足もみさせてくれた友人は、
「命のお金」っていう言い方をしてくれました。

「私はね、しーちゃんの命が輝ききるために、
 このお金を使ってほしいの」。

そう言って、足もみ料を手渡してくれました。
きれいなカードとラッピングを添えて。

「どーしてしーちゃんがそんなに自分を責めるのかわからない!」
そうも言われました。
「しーちゃんが今持ってるすべてがリソースなんだよ!」

「リソース」の意味をこっそりググったのは言うまでもありません。

でもね、その友人が包んでくれたお金は、
家族みんなが暮らしていくための、「命のお金」の一部なんです。

ごめんなさい、って思ってしまった。とっさに。
そしてそのことにまたごめんなさいって思った。

胸を張らなくちゃ。
私の「リソース」を信じてくれる人たちがいる。

今はちょっとずつ、これからの「保健室」活動には、
私のこれまで全部が「使える」らしいとわかってきました。

閉じなくてはいけないと思っていた、インタビューライターのキャリアでさえもです。

それだけで食べていくには時間がかかるだろうけれど、
でも、それでもそっちに向かって走りたいと思っています。

どうなるんだろう。
わからないけど、でも、ひとつだけ思ってることがあります。

これから私は、人の力を借りまくって生きていく。

人と交わって、関わって、
迷惑だってある程度かけちゃって、
そのたびに「ありがとう」を噛みしめながら。

誰にも迷惑かけない人生より、
「ありがとう」にあふれた人生のほうが、きっと豊かだ。

知人友人の皆さま。
こう見えて、これは私の、一世一代の大冒険です。
どうかご覚悟をー!



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by shibe0814 | 2016-09-27 19:39 | オガワの腹ん中
いやー終わった。終わってしまいました。
CTIジャパンさんの「コーアクティブ®︎・コーチング」応用コース、
最後のプログラム「シナジー・コース」を先ほど修了いたしました。

c0241437_00391782.jpg

最初の「基礎コース」から、「応用コース」の4つのコースを終えるまで、
合計104時間ですって。104時間、のべ80人ぐらいの人たちと、
たとえば1対1で対話して、終わったら輪になって、その実感を語り合う、
そんな時間をめちゃめちゃ繰り返したわけです。

あの輪の中に、身をおくとね。
ひとりでおうちで百万回考えてもわからなかったことが、
いきなりものすごい濁流になって、流れ込んできたりします。

「できないこと」「できるようにならなきゃいけないこと」でいっぱいだった胸中が、
「すでにできること」「持ってるもの」でいっぱいになります。

私の今の状況を、うっすら知ってる仲間たちは、
私とペアになるたび、何だろう、言語外に何らかのメッセージをまとわせて、
私に対峙してくれるのです。

……あれ。
「闘え」って、言われてる?

「殻を破れ」「そしたらちゃんと自分をいたわれ」。

「楽しそうにしてる人の指先にこそ、人は集まる」。

かー! くはー! って思います。
そうか、私は、
「理解してくれると思っていた人にさえ案外伝わらない」ことにめげていたけれど、

向かうべきベクトルは、まるでそっちではない。

……このことをね、覚えていたい。覚えていたいんです。
忘れちゃうんです私の心は。ひとりでいるとね。
自力だけでなんとかしなくちゃ、って思ってしまう。

ここからは、あの「輪」がない日々が始まります。
人生の尺で言ったらそっちの方が長いです。

どうするんだろう。どうするんだろうね私。

大崎で、浅草橋で、
あるいは「やきとりテツ」でともにいてくれた皆さんありがとうございました。
私にできること、持ってるものを、全面的に使い尽くします。
2月から今日までのコーアクティブの日々は、
私の、ぶっとい、スタートラインなのです。

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by shibe0814 | 2016-09-26 01:09 | オガワの腹ん中

黒しーちゃん覚醒。

「私は、人の幸せを祝えないかもしれない」。

そんな自分を見つけたのを機に、最近どうも、
黒ーい気持ちになることが、ちょっと増えました。

レストランの店員さん。
電車の中で前に立ってる人。
「しーちゃんに会いたあい♪」って言うわりに、
具体案に移ろうとするとどうも反応が鈍る友人。

うーーーむ。

私は案外黒いんだなってことがわかった。
でね、もうひとつわかったのは、

黒いままでも、私は愛されたい。

っていうことです。

……誰に?

というわけで、作戦決行に移りました。
忙しくてなかなかそばにいられないその人に、

「ほんとはしてほしかったけど、してもらえなくて悲しかったこと」

を打ちあけてみたわけです。

結果。

……ケンカになった(^_^;)

「自分にはそこまでの愛情はないのかもしれない」と言われました。
「だから、期待されても、応えられないと思う」と。

ただ、この話をしなかったら、
きっと知ることのなかった景色をいっぱい見ました。
教えてもらえなかっただろう心中を聞かせてくれました。

そしたらね。

「してもらえなかったこと」を知らせるつもりだったのに、
「してもらってきたこと」が思い出されてならんのですよ。

あんなことしてもらった。
こんなことしてもらった。
ひー。ごめんよ不満ばっかぶーたれて。


「黒しーちゃん」。
呼び覚ますのは悪くない。悪くないけど、

すーーーーーごい疲れる!!

相手と言葉はちゃんと選びましょう。



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by shibe0814 | 2016-08-27 13:05 | オガワの腹ん中
CTIジャパンの「プロセス・コース」を受けてきました。

私が勉強しているコーチングの、
4つの段階のうちの3つめです。

コーチも、クライアントも、
「今ここで湧き上がってる感情を深く味わいきる」のがその主旨なのだけれど、

まーーーくるしかった!!

ただ、その人のそばにいる。
その人が怒り始めても、泣き始めても、
絶望し始めても、そばにいる。

でも、一緒に波に飲まれちゃいけない。
共感して、一緒に揺れちゃいけない。
つきはなすことも、原因をつきとめることも、
好奇心を発動させていろいろ聴きたおすこともできない。

それは私にはとてもとても窮屈で、何だろう、
身に合わない拘束服を着せられてる感じでした。

でもね、みんながどんどん何かをつかんでいくのです。
「ともに寄り添う」ことの感覚を、みんながつかんでいく。
「どんな状況にあっても、クライアントと、ともにありたい」。
そんなことを言い始める。
リーダーもです。
「コーチは決して受動的ではなくて、
 クライアントに幸せになってほしいっていう、能動的な願いがあるんですよね」。

そんな声を遠く聞きながら、私は大変なことに気づいてしまったのです。


私は、誰かの幸せを、真に願うことができるだろうか。


私は、寄り添うことなら全然できるって思ってました。
生きづらさやしんどさを感じている誰かに、
そうだよね、くるしいよね、って背中に手を置く、
そんなの全然できるって思ってた。

なぜなら私も生きづらいから。

でもね、もし、その人が、私との交流を経て、
真に変化して、巣立ちの時を迎えたら、

私は素直に「おめでとー」って言えるだろうか。

むしろ、「私をおいていかないで」、って思ってしまうんじゃなかろうか。

もっと言うたら、私はその人の幸せを、妬んでしまうんじゃなかろうか。


……そこからはもう大変でした。
ずーーーーっと泣いてた。ひくついてました。
どうしよう、「大人の保健室」とか言うてる場合ではまるでないじゃないか。

涙もしゃっくりも止まらなくて、だいぶ長いこと授業を止めてしまった。
「何も説明しなくていいよ」「今その感情を味わい尽くして」
ってリーダーさんが言ってくれます。
でも、それでもなお私は、「沈黙を埋めなくちゃ」
「みんなに迷惑だから早く泣きやまなきゃ」って考えてしまう。

私は、自分とは合わない何かに出会うと、
「間違ってるのは私だ」「正すべきは私だ」って思ってしまう人です。

がんばってる時、「がんばらなくていいよ」って言われると、
「ああ大変だ、がんばっちゃいけないんだ!」ってなっちゃう人です。

自分を認めてあげて、許してあげて、ほめてあげて。
そんな言葉を頭上からざあざあ浴びせられても、
心の洗面器は空っぽのままです。だって底が抜けてるから。

いつからかはわからないけれど、
気がついたら私の洗面器は、ずいぶん前から底が抜けてたから。


私が目指すべきは、コーチングじゃないんじゃないかな。
授業中、そんなことも思いました。

「人の力になりたい」「笑顔が見たい」とかなんとか言って、
安易にコーチングを選んだ自分が恥ずかしくって死にそうでした。

ただ、打ち上げが終わって、いろんな人に言葉をもらった今言えることは。


人の幸せを心の底から祝えない人間の心なら、
私は身を持って知っている。
そしてそういう人が、ほんとは潜在的にたくさんいることも。

集え、ひねくれ者。
いつか愉快な宴会をしよう。


最後になりましたが、泣きどおしの私と「ともにいて」くれた皆さんありがとうございました。
ここから先は自分で考えるしかないけれど、
その「自分」は皆さんをはじめ、
今まで出会ったすべての人やものたちのかたまりなのだということを、
忘れたくないと思います。

さあ。また自分の人生を行こう。



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by shibe0814 | 2016-08-22 11:19 | オガワの腹ん中

自分で決める卒業

暑いですね。
とろけてませんか。
私はとろけてます。

さて。
今日は、これから「卒業式」です。
卒業生は私。先生や来賓の皆さんはいません。

晴れて、ひとり卒業式です。

足もみ研修を終えたら務める予定だったお店を、
さっき、辞退してきました。

やばい、と思い始めたのはひと月、いやもっと前か。
ひと月半ぐらい前のことです。

習う施術が確実に、私の基礎体力を超えている。

「自分には向いてないのかな」「でもガマンしなきゃいけない」
「なぜなら私はがんばらないと生きていく資格がない人だから」。

えーーらいがんばりました。
汗っっだくになってね。
そして、ただただ、つらく悲しくなりました。
当然です。「自己否定」をすべての前提にしてるんですから。

「手に何の職もない私はこの道を頑張らないと後はない」
「自分の意志で決めた道なのだから最後までまっとうしなくちゃいけない」。

どんっどん猫背になります。
研修以外のことが、目に見えてできなくなっていきます。
具体的に言うと、古紙ゴミがたまります(笑)。
ごはん何たべよう、がすでに面倒です。
友だちと飲みに行くとか、映画やお芝居を観にでかけるなんて、もってのほかです。

おかしいな。
実家帰っておかーさん揉んであげたり、
友だち呼んで練習台になってもらったり、
そういうのはとっても楽しかったのに。

おかしいなーおかしいなーって思いながら研修を重ね、
だんだん基礎体力もついてきて、
ハードな施術もこなせるようになってきて、
やがて、ひととおり全部の施術を、できるようになりました。

「あとは、制限時間内にすべての施術を入れ込む練習と、
 お客様をお迎えして送り出すトークをよどみなく覚えること!」

ここまで、来たのです。ついにここまで。

……ちーーともうれしくないのーーー!

脳みそが、心が、それらを全力で拒みます。
やだちょっと何ごとですか。私は私に尋ねます。


私がやりたいのは、お店の規格通りの店員さんになることではなく、
相手の状況とニーズに応じて、足もみやらコーチングやらただのおしゃべりやら、
それはそれは自由に形を変える、

大人のための移動保健室なのです!!


……出た。やっと出ました本音が。長かった……

そうと決まったら1日も早く、その準備に乗り出さねばなりません。
ありがたいことに、相談相手になろうとしてくれるコーチングの先輩がいます。
前人未到の「足もみコーチング」を受けてくれるという友人も複数います。

「石の上にも三年」と申します。
「辛抱が足りん」とおっしゃる方もいるでしょう。でもね、

辛抱してたらいつまで経っても私の人生は始まらないのですーー!

やだ。もう待ってられない。私から獲りに行く。
そんな気持ちです。だから、

今日の卒業式はね、奮発して「獺祭」小瓶を購入。
近所のスーパーで普通に売ってた。ラッキー。







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by shibe0814 | 2016-08-16 14:07 | オガワの腹ん中
「幸せになる方法」。

最近、ちょっと意地悪な気持ちで、
ググってみた言葉です。

セラピストさん。心理学者さん。
なんか、宇宙とか星座とかの、スピリチュアルな皆さん。
ありとあらゆる方の幸福論が、べべべっと並びます。

「自分に嘘をつかないで」
「自分自身を好きになってあげて」
「嫌なことは断っていいんだよ」
「泣いてもいいんだよ」

……。

うんわかった、そうするー!……とは、
ぜーんぜん言える気持ちになりません。

だって、だってそうじゃないですか。
人は誰だって子どもの頃から、
「それしちゃいけません」「もっとがんばりなさい」
って言われて育ってきてるんですよ。

「今の自分じゃ全然足りない」、
「がんばらなかったら自分に価値はない」、
それが初期値、デフォルトなのです。

それをいきなり「自分を許してあげて」とか言われてもさー、
そんな方法まるでわからんわけさ。

陸地を飛び回って暮らしてる野ザルを大海原へ放り込んで、
「泳いでもいいんだよー!」「泳ぐ自分も許してあげてー!」って、


野ザル、おぼれるって!!


悪いけど私は生粋の野ザルです。
何らかの課題を前にすると、
まず「できない理由」が脳内に箇条書されます。

たとえば部活を選ぶとき、あるいは就職超氷河期を経て、
「一番ほしいものは望んじゃいけない」と思って育ちました。

だから「一番ほしいもの」が目の前に現れても、
自分へのダメ出しが真っ先に山ほど浮かぶから、足がすくみます。

ほしいものがあっても、望まない。
離れていくなら、追いかけない。

私にとって、それはとてもラクな生き方で。


でもね、ほしいものが、できちゃったんです。
ある朝、急に降ってきて、私は名刺の肩書を書き換えました。

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春から取り組んできた足もみ技術とコーチング技術を持って、
私はこれから誰かのもとへ、いそいそと出かけていくのです。

たとえばおうちや、会社や、その近くで。
以前のつながりを生かすなら、
何らかの楽屋か稽古場で。

足が重いなら、その足をもみ、
心が重いなら、その心を聴く。

そんな毎日を私は生きたい。
そんなふうにしてごはんが食べたい。
いつ来るかわからない未来の話じゃない。
今日明日と地続きの、現実の話として。


……やっちゃいけないって、誰が決めたの?


というわけで、動き出してみようと思います。
今これを読んでいる、そう、あなたに、私は書いています。

ちまたにあふれる幸福論に全然乗れない人。
乗れないから、自分は、幸せなんか要らないのだって思ってる人。
自分のこの毎日の暮らしはもはやフィックスで、
何も変えようがないのだと思ってる人。

むしろ、風ひとつ、吹いてくれるなと思ってる人。

野ザルどうし、時間をかけて、風をさがしてみませんか。
案外気持ちいいのかもよ。知らないけど。

「あいにいく」第二ステージ。
おしゃべりしましょ。

ご連絡、お待ちしております。
小川志津子 info@ai-ni-iku.com



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by shibe0814 | 2016-08-09 12:45 | オガワの腹ん中

お疲れ気味のあなたのもとへ行き、足を揉んだり話を聞いたり、ちょっと元気になってもらう「旅する保健室」の小川志津子がいろいろと書いてます


by 小川志津子